SuggescoMagazine 第 95 号 P.01
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AI疲れの正体は、判断の数だった。作業が減ったぶんだけ増えていた3つの経路

AIで作業は減ったのに、一日の終わりの消耗は変わりませんでした。原因を使い方に探しても噛み合いま…

AIを使い始めてから、手を動かす作業はずいぶん減りました。下調べも、文章の下書きも、以前は自分の手で埋めていたところが、頼めば返ってくるようになっています。それなのに、一日が終わったときの疲れ方は変わりませんでした。AI疲れという言葉を見かけて、たしかに自分もこれかもしれないと思ったのですが、原因として並んでいるのは情報の追いすぎやツールの多さで、どうも自分の感覚と噛み合いません。噛み合わなかった理由は単純でした。減ったのは作業の時間で、そのぶん増えていたのが判断の数だったからです。

目次

僕のAI疲れは、使い方の上手い下手ではなかった

生成AIの疲れについて書かれたものを何本か読んでみると、対策の向きはだいたい揃っています。使うツールを絞る、情報収集の範囲を狭める、追いかけるのをやめる、楽しみながら使う。どれも分かる話ですし、実際に試してもいます。それでも僕の場合、一日の終わりの消耗が目に見えて軽くなることはありませんでした。

絞る方向の対策そのものは、実際にやっています。目に入るものを減らしてから、頭が静かになった手応えもありました。それでもAIを使うようになってから、消耗のほうは前より大きくなっています。出どころは使い方の上手い下手とは別のところ、もっと手前にあるはずでした。AIを入れて増えていたのは、扱う道具の数でも情報の量でもなく、判断の数でした

AI疲れという言い方が広まった背景も、なんとなく分かる気はします。新しい道具が増えて調子が悪くなったとき、まず疑われるのは道具の使い方だからです。ただ、道具の話にしている限り、打ち手は減らす・絞る・追いかけない、のどれかに収束します。僕が困っていたのは、絞ったあとに残った範囲で疲れていることでした。

効率化そのものは、たしかに進んでいます。ひとつの業務にかかる時間は短くなりました。短くなったのに軽くなっていないなら、時間以外のところで何かが増えている、と考えるほうが現実に合います。

減ったのは作業時間、増えたのは判断の数

作業していた時間が、そのまま判断の時間に置き換わった

AIは作業を減らしてくれます。ただ、判断の数はむしろ増えます。この出力でいいか、こっちの案とどっちにするか、この方向で進めていいか。手を動かしていた時間が、判断の時間へ入れ替わっていく感覚があります。

手を動かしている間は、その間ずっと決め続けているわけではありません。作って、見て、直す。判断はある程度まとまった単位でやってきます。AIに頼むと、その手を動かす部分が丸ごと消えて、代わりに見て決める部分が数珠つなぎでやってきます。作業していた時間が、そのまま判断の時間に置き換わりました。一日にこなす判断とインプットの量は、以前とは比べものにならないくらい増えています。

一日に判断できる量には限りがある、という持論

持論ですが、人間が一日に判断できる量には限りがあると思っています。頭にかかる負担は、けっこうすぐ上限まで来ます。あれもこれも気にしていると、本当に考えたかったことにたどり着く前に、頭が終わっています。だから極限まで絞らないと本質的なことができない、というのが前からの考えでした。

上限があるという前提に立つと、疲労の見え方が変わります。疲れているのは働いた量が多いからというより、決めた回数が多いからかもしれません。忙しさの話として片づけていると、休んで戻ってきたところで同じ状態に戻ります。

判断が増える経路を、3つに分けてみる

増えた判断がどこから来ているのかを、自分なりに分けてみました。研究や統計にもとづく分類ではなく、僕がAIを使いながら感じている範囲での整理です。回数を数えて出した話でもないので、当てはまらない使い方もあると思います。

1|出力の合否——「これでいいか」

まず増えるのが合否の判断です。返ってきた文章、返ってきた表、返ってきた画像。使えるかどうかを人が見て決めない限り、そこから先へ進みません。プロンプトを書く手間が減っても、返ってきたものを見るレビューの回数は減らないわけです。むしろ、頼む回数が増えたぶんだけ増えます。

自分で書いていたときは、良し悪しを決めながら同時に手を動かしていました。合否だけを取り出して見る場面が、そもそも無かったわけです。頼むようになってからは、返ってきたものを見る時間が、一日の中に独立して並びます。

やっかいなのは、1回あたりが軽いことです。数秒で済んでしまうので、判断したという感覚がほとんど残りません。残らないまま、回数だけが積み上がっていきます。

2|案が増えた分の選択——「どっちにするか」

2つ目は選択です。以前なら1案しか出てこなかったところに、3案が並びます。案が増えるのはありがたいのですが、選ぶ仕事のほうは自分に来ます。しかも、どれもそこそこ形になっているので、決め手が見つかりません。

案が1つしかなければ、やるかやらないかの二択で済みました。数が増えると、比べる工程が足されます。作業を減らすために頼んだはずが、比較というタスクが新しく生まれている状態です。

3|進行の許可——「この方向で進めていいか」

3つ目は進行の許可です。長めの仕事を任せると、途中で「この方向で進めていいか」を確認されます。確認してもらえるのは助かりますし、黙って突き進まれるより事故は減ります。ただ、節目ごとにゴーサインを出す仕事は増えます。

しかも、途中で確認されると、そのたびに前後の話を思い出す必要があります。別の作業に移っていた頭を一度戻して、どこまで進んでいたかを確かめてから答える。答えている時間より、戻ってくる時間のほうが長いこともあります。

3つとも、1つずつ見れば大したことはありません。数秒から数十秒で終わります。それでも、AIに任せる範囲が広がるほど、3つの経路は同時に太くなります。作業を渡した先で、判断の入口が3つ開くようなものです。

上限にぶつかるのが、前より早くなった

並べてみると、疲れ方の理屈はわりと単純です。一日に判断できる量は決まっていて、AIが増えたぶん、その上限にぶつかるのが前より早くなっています。上限そのものが下がったのではなく、そこへ到達するのが早くなった、という感覚です。

疲れの正体は忙しさではなく、注意があちこちに持っていかれることだと思っています。判断はその代表格で、1回ごとに頭を別の場所へ連れて行きます。戻ってくる手間まで含めると、1回数秒という見積もりはあてになりません。

判断より、机の上やパソコンの画面に目が持っていかれる心当たりがあるなら、情報遮断は「断つ」より「見えなくする」。机とデスクトップを空にして、通知は時間で区切るが近い話になります。

判断の数を減らすために変えた2つのこと

やっていることは多くありません。判断を速くこなす練習をしているわけではなくて、そもそも自分のところへ来る判断の形と数を変えています。

イエスかノーで答えられる形にしてもらう

お願いしているのは1つで、答えが用意された状態まで持ってきてもらうことです。案を組み立てるところから始まるか、出てきたものに丸をつけるだけで終わるかで、こちらが使う頭の量は変わります。AIに対しても、同じ形で返してもらうように頼んでいます。判断の回数そのものが減るわけではないのですが、1回あたりが軽くなるぶん、上限に届くまでの距離が延びます。

渡し方そのものの話は作業だけ渡すと戻ってくる。判断ごと渡す4ステップに書いたので、この記事では形の話だけにとどめます。

数秒で終わる判断ほど渡す

もう1つは、小さい判断ほど手放すことです。終わったTODOにチェックをつけるような、ひとつひとつは数秒で済むもの。まとめて渡してしまいます。

直感に反する感じもあります。数秒なら自分でやったほうが速い、と思うからです。ところが数秒のものが一日に何十個もあると、そのたびに意識が切れます。時間としては軽いのに、注意を切り替える回数としては重くなります。だから小さいものほど先に渡します。大きい判断は、そもそも自分で持っておきたいものが多いので、後回しでかまいません。

最後まで自分で持っておきたい判断

数を減らすと言っても、全部を手放したいわけではありません。減らしたいのは判断の総数そのものというより、頭が上限に来たせいで、本当に考えたかったところへたどり着けない状態です。総量が下がれば、残った枠を自分で振り分けられます。

渡しているのは、答えの候補をこちらで作らなくていい判断です。イエスかノーで済むもの、間違ってもやり直せるもの。反対に、選択肢を自分で作るところから始まる判断は、渡しようがありません。どこへ向かうか、何をやらないか。人に相談することはあっても、最後に決めるのは自分になります。

選択肢を作る側の判断は、数としては多くありません。一日に何十回も来るものでもないので、上限との関係でいえば誤差のような量です。それなのに、細かい判断で頭が埋まっていると、いざその1つが来たときに気力が残っていません。減らす作業をしているのは、そこを空けておきたいからです。

AIに作業を渡していく過程で、成果は出ているのに自分が何をした人なのか分からなくなる感覚については、生きがいとは何か。仕事をAIに渡して分かった、働く世代のための見つけ方にまとめてあります。今日書いているのは処理する量の話で、あちらは気持ちの話です。

AI疲れについてよくある質問

Q. AI疲れとは、何が疲れているのですか?
A. 僕の感覚では、手や目より先に、決める力が減っていきます。AIを使うと作業は減りますが、返ってきたものを見て決める回数は増えます。1回は軽くても、回数が積み上がったところで上限に届きます。作業量のわりに重かった日があったら、その日に何回決めたかを数えてみると、見当がつくと思います。

Q. 生成AIを使うほど疲れるのは、使い方が下手だからでしょうか?
A. 下手だからとは限らないと思います。うまく使えるようになるほど任せられる範囲が広がって、そのぶん確認と選択の回数が増えるからです。上達すれば疲れが減る、という向きばかりではないでしょう。減らしたいなら、使い方を磨くより、自分のところへ来る判断の形を変えるほうが早いと感じています。

Q. AI疲れを減らすには、AIを使う量を減らすしかないですか?
A. 使う量を落とせば判断も減るので、疲れはたしかに軽くなります。ただ、それだと元の作業が戻ってくるだけです。僕がやっているのは、量そのものより判断の形を変えるほうで、イエスかノーで答えられる状態まで持ってきてもらう、数秒で終わる小さい判断は自分を通さない、この2つです。使う量を落とすかどうかは、そこまでやってから決めても遅くないと思っています。

まとめ|AI疲れは、作業量より判断の数で見る

作業が減ったのに疲れが減らないなら、増えたもののほうを探すのが早いと思います。僕の場合、増えていたのは判断の数でした。合否を決める、案を選ぶ、進行を許す。1回あたりは数秒でも、任せる範囲が広がるほど回数が増えていきます。一日に判断できる量は決まっているので、そのぶん上限に届くのが早くなります。

減らし方としてやっているのは2つだけです。イエスかノーで答えられる形まで持ってきてもらうことと、数秒で終わる小さい判断ほど手放してしまうこと。それ以上のことはしていません。

いちばん変わったのは、疲れの見積もり方でした。一日の重さを、こなした作業の量ではなく、決めた回数で見るようになってから、次の日の組み立て方が変わりました。作業の量で測っているうちは、軽くなったはずの日ほど説明がつかなくなります。

Ryuichi
Writer / 運営者 Ryuichi

金沢を拠点に、AI活用とこれからの暮らし方を実際に試して記録しています。

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