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生きがいとは何か。仕事をAIに渡して分かった、働く世代のための見つけ方

生きがいとは何かを、老後ではなく働く世代の話として書きました。AIが作業を巻き取ると、成果は出て…

生きがいとは何か。その問いに並んでくるのは、老後や介護、定年後の過ごし方の話ばかりです。僕が書きたいのはそちらではなく、いま働いている世代の生きがいの話です。AIが仕事の作業をどんどん巻き取っていくなかで、成果は出ているのに手応えだけが薄くなっていく感覚。僕自身、自分の業務をAIに渡していく過程で、楽になった一方で「じゃあ僕は何をしている人なんだろう」と立ち止まりました。生きがいという言葉の意味と、働く世代がそれを見つけるための現実的な手順を、うまくいかなかった時期も含めて書きます。

この記事の動画版

AIに仕事を任せたら、手応えだけが消えた(9分17秒)この記事の話を、ナレーション動画にしました。生きがいという言葉を、老後ではなく「いま働いている世代」の側から考えています。

目次

生きがいとは、役割と手応え・つながり・成長が重なるところ

辞書を引くと、生きがいは「生きる張り合い」や「生きていてよかったと思えるもの」といった言葉で説明されています。ところが、いざ自分の生きがいを言い当てようとすると、途端に言葉が出てきません。生きがいは日本語に独特の言葉で、英語の一語には訳しにくいとも言われています。喜びと意味と役割が、ひとつの単語に詰め込まれているせいかもしれません。

僕なりに分けてみると、生きがいと呼ばれているものは、だいたい四つの方向に散らばっています。誰かの役に立っているという役割。自分の手で何かが前に進んだという手応え。人とのつながり。そして、昨日より少しうまくなったという成長。あくまでもこれは、学者の定義ではなくて僕の感覚の話です。四つ全部がそろっている必要はなくて、どれかひとつでも濃く感じられる時間が週に何度かあれば、人はけっこう平気で立っていられます

生きがいを言葉にするときの手がかり

①役割=自分がいなかったら困る人がいるか/②手応え=自分の手で動かしたと言える瞬間があるか/③つながり=その結果を分かち合える相手がいるか/④成長=半年前より少しうまくなった実感があるか。全部を埋めにいくのではなく、いま一番かすれている項目を眺めるくらいで十分だと思います。

「生きがいがない」と感じるのは、おかしなことではありません

生きがいがない、と一度でも思ったことがあるなら、まず知っておいてほしいのは、生きがいの不在は異常ではないということです。朝起きて、仕事をして、疲れて眠る。悪いことは何も起きていないのに、心が動かない。多くの人が一度は通る場所だと思います。

生きがいが見当たらないと感じるのは、毎日忙しく働いていて、ふと「自分の人生ってこれでいいんだっけ」と立ち止まった瞬間だったりします。逆に、仕事が一段落して手が空いた夜に、同じことを考えてしまう場合もあります。共通しているのは、寝ても疲れが抜けていないか、いまの状況にどこか違和感を抱えているか、そのどちらかです。僕も締め切りが重なった時期は、好きだったはずの読書すら「消化するタスク」に見えました。生きがいがないのではなく、疲れと違和感で心が動きにくくなっているだけ、という場合がかなり多いでしょう

もうひとつ、刺激と満足の取り違えもあります。動画やSNSで気持ちよくはなっているのに、心の底のほうは静かなまま、という状態です。満たされているのに幸せを感じられない理由という記事で、ドーパミンと満足感の違いから掘り下げました。興味があれば、ぜひご覧ください。

仕事が生きがいだった時代が、静かに終わりつつある

働く世代の生きがいを難しくしているのは、AIの登場だと思っています。かつては、仕事がそのまま生きがいになりやすい構造がありました。手を動かした量と成果の大きさが、だいたい比例していたからです。3日かけた資料が通れば、3日ぶんの達成感が返ってきました。

いまは違います。半日かかっていた分析や資料づくりが、指示の出し方ひとつで20分ほどで形になります。速くなったのはありがたいのですが、出来上がったものを眺めながら「僕は何をした人だったんだろう」と思う瞬間が増えました。AIがなくしたのは仕事そのものではなく、汗をかいた実感が返ってくる作業のほうだった、というのが僕の実感です。成果は前より出ているのに、自分が動かした部分だけが小さくなっていく感じでした。

役割が曖昧になる不安も、正直あります。人にお願いしていたものをAIに頼めるようになると、人間の仕事は最後にYesかNoを言うだけになるのではないか、と考えてしまう夜もありました。いまのところの答えとしては、判断と問いの立て方が残るのだと思っています。何を作るか、なぜ作るか、誰のために作るか。AIは問いに答えるのは得意ですが、問いそのものは持っていません。

生きがいの見つけ方は、探すことより「日記」から

生きがいの見つけ方を調べると、自己分析シートや価値観リストがたくさん出てきます。試しましたが、僕にはあまり合いませんでした。頭で考えて出てくる答えは、だいたい「立派なこと」に寄ってしまうからです。地域に貢献したい、誰かを育てたい。嘘ではないのに、翌週には忘れています。

代わりに続いているのが、日記のほうです。始まりは寝る前に3行だけ書く形でしたが、いまは行数も決めていません。感謝したいこと、良かったこと、その日に動いた感情を掘り下げたもの。書きたいことがあればそのまま書きますし、「同僚が資料を先に送ってくれて助かった」「面倒な連絡を1件返せた」「打ち合わせが長引いてイライラした」くらいで終わる日もあります。うまく書こうとせず、その日に感じたことをそのまま置いていくだけです。

溜まった日記を読み返して気づいたのは、気分が沈んでいる日の書き方に傾向があることでした。落ち込んでいる日はたいてい、上司や同僚など周りの誰かの期待を裏切ってしまったかもしれない、と感じた出来事が書かれていました。裏を返せば、僕は人の期待に応えられたかどうかで心が大きく動く人間なのだと分かります。生きがいは頭で探し当てるものというより、日記から浮かび上がってくるものに近いのだと思います。3行の中身と続け方は3行日記の書き方と続けるコツに詳しく書いています。手軽に始めたい方は、のぞいてみてください。

生きがいランキングを眺めても、自分の順位は出てこない

生きがいランキングという調べ方も人気があります。旅行、趣味、家族との時間、仕事、健康。並んだ項目を見ると、なるほどと思う一方で、自分の胸にはいまひとつ刺さらないことも多いかもしれません。ランキングは大勢の平均であって、自分の順位ではないからです。

使い道があるとすれば、選ぶためではなく思い出すためです。上位の項目を眺めながら、自分が最後にそれで心を動かされたのはいつかを探る。旅行が3位に入っていても、最後に旅先で笑ったのが5年前なら、順位よりその事実のほうが大事です。

外からの評価に縛られていた頃と、ほどけたきっかけ

僕自身の話を書きます。以前勤めていた場所で、能力よりも扱いやすさや素直さを求められる空気の中にいた時期がありました。評価されないと居場所がなくなる恐怖もあって、頼まれごとはほぼ全部引き受けていました。学生時代からの積み重ねもあって、人にどう思われるかで自分の価値を決めていました。

当時の僕に生きがいがあったかというと、たぶん、ありませんでした。忙しさと、ありがとうと言われる快感でごまかしていただけです。抜け出せたきっかけは、大きく3つありました。朝の時間を自分のために確保したこと、日記を書き始めたこと、そしてコーチングで自分の言葉を外に出したことです。

朝の30分は、誰の依頼も来ない時間帯です。理想の状態を書いた紙を読み上げ、今日やりたいことを一つ決める。日記のほうは感じたことをそのまま書くだけですが、続けるうちに「僕は本当はこれが嫌だったのか」と後から気づく回数が増えました。コーチングでは、頭の中でぐるぐるしていたものを声に出しました。他人の期待と、自分の願いが同じ顔をして混ざっていたと分かったのは、書いて話してからです。呪いのようにこびりついた言葉は、気づいた瞬間から少しずつ剥がれていきました。

やりたいことが分からない、という感覚に近いところで止まっている方には、やりたいことがわからないときの進め方も書いています。生きがいの姉妹編として読んでもらえるとうれしいです。

趣味と生きがいは、どこが違うのか

趣味と生きがいは似ていますが、同じではありません。僕の感覚では、趣味は自分のなかで完結してよいもので、生きがいは自分以外の誰かと少しつながっているものです。ひとりで映画を観る時間は趣味で、感想を書いて誰かの一日が変わったなら、生きがいの側に寄っていきます。

もうひとつの違いは、しんどさを引き受けられるかどうかです。趣味は楽しくなくなったらやめていいものですが、生きがいと呼べるものには、面倒くさい工程がくっついていても続いてしまう性質があります。僕にとっての執筆がまさにそれで、書き出しが決まらない夜は普通に苦しいのに、翌朝また開いています。楽しさだけでは説明がつかない粘りが出るなら、生きがいの候補かもしれません。とはいえ、趣味を生きがいに育てなければいけない決まりもありません。趣味のまま楽しむ選択も、良いと思います。

生きがいがなくても、日々は続きます

見つけ方を書いておいて何ですが、生きがいがないと駄目だとは思っていません。人生の意味を決めないと動けない、と身構えるくらいなら、いったん脇に置いてよいでしょう。

実際、僕の一日の大半は、生きがいと関係のない用事で埋まっています。請求書を作り、洗濯機を回し、返信を書く。淡々とした時間があるからこそ、たまに訪れる手応えが分かりやすく光ります。生きがいは常時点灯するランプではなく、たまに点く合図くらいに思っておくと、ずいぶん気が楽になります。AIが仕事を巻き取る時代に、無理やり大きな意味を探しにいく必要もありません。浮いた時間で散歩をして、ごはんをおいしく食べて、眠れているなら、十分な日もあります。

よくある質問

Q. 生きがいがないのは、おかしいことですか?
A. おかしくありません。多くの場合は、寝ても疲れが抜けていなかったり、いまの状況に違和感を抱えていたりして、心が動きにくくなっているだけです。睡眠を確保して、予定を一つ減らして、二週間ほど様子を見てください。疲れが取れてくると、同じ日常でも見え方が変わることがあります。

Q. 生きがいと趣味は何が違いますか?
A. 趣味は自分のなかで完結してよいもの、生きがいは自分以外の誰かと少しつながっているもの、というのが僕の分け方です。もうひとつの目安は、面倒な工程があっても続いてしまうかどうかです。

Q. AIに仕事を任せると、生きがいはなくなりますか?
A. なくなるというより、置き場所が移ります。手を動かした量から返ってきた手応えは減りますが、何を作るか、誰のために作るかを決める部分は残ります。移行の途中は落ち着かないので、落ち着かないまま進んでよいと思います。

Q. 生きがいの見つけ方として、まず何から始めればいいですか?
A. 寝る前に、感謝したこと・良かったこと・感じた感情を一行ずつ書く日記からで十分です。何週間かためて読み返すと、自分がどんな場面で心を動かしているのかが見えてきます。診断や適職テストより、自分の日記のほうが当たる確率は高いでしょう。

まとめ

生きがいとは何かを僕の言葉でまとめるなら、役割と手応え、つながりと成長が重なる場所です。AIが作業を巻き取る時代には、仕事から自動的に手応えが返ってくる前提が崩れていくので、働く世代ほど、手応えをどこで得るのかを自分で決め直すことになります。見つけ方は、立派な目標を掲げることではなく、感謝したこと・良かったこと・その日に動いた感情を、寝る前に書き残していくことでした。生きがいが見当たらない時期があっても、人生が失敗するわけではありません。今夜、寝る前に3行だけ書くところから試してみてください。何週間かためて読み返した自分が、答え合わせをしてくれるでしょう。

Ryuichi
Writer / 運営者 Ryuichi

金沢を拠点に、AI活用とこれからの暮らし方を実際に試して記録しています。

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