「週4時間だけ働く」は本当に可能か。働きたくない気持ちの正体と、空いた時間の使い方
ティモシー・フェリスの『週4時間だけ働く』を、仕事の9割を自動化しようとしている当事者として読み…

本記事はアフィリエイト広告(Amazonアソシエイト)を含みます。実際に読んだ本だけを紹介しています。
「週4時間だけ働く」なんて、最初はきれいごとに聞こえました。ティモシー・フェリスの同名の本を読んだとき、正直、半分は疑いながらページをめくっていたんです。それでも読み進めるうちに、心のどこかがざわつきました。僕はいま、自分の仕事の9割を自動化しようとしている当事者です。「働きたくない」というより、「奪われる時間を取り戻したい」に近い。週4時間だけ働くという極端な旗を、真剣に考えてみます。
『週4時間だけ働く』を読んで、ざわついたこと
フェリスの主張はシンプルです。定年まで我慢して働き、老後にまとめて自由を受け取る——そんな順番をやめよう、というものでした。働く量そのものを減らし、自由な時間を人生の後半にためこまず、いま少しずつ受け取っていく。仕事は人生の目的ではなく、やりたいことをやるための手段に戻す。だいたい、そういう話でした。
読みながら、僕は付箋を貼る手が止まりませんでした。すぐ試したくなることばかりが並んでいて、正直ウズウズしたんです。とくに刺さったのが、「忙しさ」と「成果」はまったく別物だという指摘でした。長く机に向かっているほど偉い、という感覚が自分の中に染みついていたことに、そこで気づかされました。
労働時間を削ることがゴールではありません。ムダな仕事を消し、繰り返しの作業を仕組みに任せ、空いた時間を「本当にやりたいこと」に振り向ける。週4時間はその極端な象徴で、大事なのは時間あたりの成果と、自分の時間を自分で握り直すことだと受け取りました。
「働きたくない」の正体は、たぶん仕事そのものじゃない
週4時間だけ働くという言葉に反応してしまう人は、たぶん多いでしょう。僕もそのひとりです。ただ、自分の気持ちをよく見てみると、仕事が嫌いというわけではないと気づきます。むしろ、集中して何かを作っている時間は好きなほうです。
しんどいのは、仕事に付随してくる細かいものたちでした。返さなくてもいいような連絡のやり取り、同じことの繰り返しの作業、なんとなく入っている会議、割り込みで飛んでくる依頼。「働きたくない」の中身をほどいていくと、その多くが「本質じゃない作業に時間を奪われたくない」という叫びだったりします。フェリスが削ろうとしていたのも、まさにそこでした。
だから僕は、「働きたくない」を額面どおり受け取らないようにしています。やりたい仕事は残す。奪われている時間だけを削る。線引きができると、週4時間という数字が、怠けの旗ではなく、取り戻しの旗に見えてきました。
僕が業務の9割をなくそうとしている理由
最近の僕は、自分の仕事の9割を自動化することを本気で目指しています。ルーティンで回っている作業を洗い出して、AIや仕組みに一つずつ渡していく。派手な話ではありません。地味な作業を減らして、頭を使うべきところにエネルギーを残すための、静かな引き算です。
やってみて実感したのは、時間が空くこと以上に、頭が軽くなることでした。作業に追われていると、思考がタスクで埋まって、新しいことを考える余力が残りません。抱えすぎると質が落ちるのは、人もAIも同じでした。同じ話を抱えすぎると質が落ちるエッセンシャル思考の話に詳しく書いたので、興味があれば読んでみてください。
自動化は、いきなり全部はできません。僕もまだ道半ばです。まずは自分の一日を眺めて、繰り返している作業を一つ、仕組みに逃がすところから始めました。具体的なはじめ方はAIで業務を効率化する個人のはじめ方にまとめています。よければあわせてどうぞ。
本当の問いは「空いた時間に何をするか」だった
いちばん書きたかったのが、ここからの話です。仕事を減らし、自動化を進めていくと、ある日ふと気づきます。時間が空いた先に、やりたいことが用意されていないと、ただ手持ち無沙汰になるだけだ、と。
週4時間だけ働けるようになったとして、残りの時間で何をするのか。答えを持たない人は、たぶん、空いた時間をまたスマホやショート動画で埋めてしまいます。奪われる相手が、仕事からアプリに変わっただけになります。時間を空けることと、その時間を豊かに使えることは、別の話でした。
フェリスの本が本当に問うているのも、そこだと思います。「働かないこと」がゴールなのではなく、「働かないでもいい時間で、何に生きがいを感じるか」がゴールなのです。僕にとってそれは、本を読むこと、文章を書くこと、体を動かすこと、大切な人と過ごすこと、そして次に作りたいものを考える余白でした。逆に言えば、それが先に見えていないと、自動化はただの空洞づくりになってしまいます。
「時間を空ける」の前に、「その時間で何をしたいか」を一つでいいので決めておく。読みたかった本でも、始めたかった散歩でも構いません。行き先を先に決めておくと、空いた時間が消えずに、ちゃんと自分のものになります。
労働=美徳を、いったん疑ってみる
長く働くこと自体を、僕は否定したいわけではありません。夢中で手を動かした時間が、自分を作ってきた実感もあります。ただ、「たくさん働くこと」と「価値を生むこと」を、いつのまにかイコールで結んでしまっていたのは事実でした。
忙しくしていると、なんとなく安心します。動いている自分に、働いている自分に、価値がある気がしてしまう。でも、その安心のために時間を差し出しているとしたら、それは少しもったいない。フェリスの言葉を借りるなら、忙しさは成果の証明ではありません。むしろ、仕組みで消せるはずのものを消せていない印かもしれない、と考えるようになりました。
労働は美徳だ、という感覚を、一度だけ横に置いてみる。「この作業は、本当に自分の手でやる必要があるのか」と問い直してみる。問いを持てるかどうかで、AIとの付き合い方はだいぶ変わってくるでしょう。
いきなり週4時間は無理でも、今日からできること
とはいえ、明日から週4時間、というのは現実的ではありません。僕もそこには到達していません。だから、小さく始める手順を置いておきます。
まず、一週間の作業を書き出して、「繰り返している作業」と「頭を使う作業」に分けます。次に、繰り返している作業のうち、一つだけを仕組みやAIに渡してみる。全部いっぺんにやろうとすると、たいてい挫折します。三つめに、そうして空いた時間に、やりたいことを一つだけ入れておく。空白のままにすると、また別の何かに奪われるからです。
三つのステップを、月に一つのペースで回していくだけでも、半年後にはかなり景色が変わっています。週4時間はゴールではなく、方角です。少しずつその方角へ歩いていく、くらいの気持ちがちょうどよいと思っています。無理のない範囲で、一つだけ試してみてください。
よくある質問
Q. 『週4時間だけ働く』は、会社員でも実践できますか?
A. 本の事例は起業家や個人事業主が中心なので、そのまま真似できる部分は限られます。ただ、「ムダな作業を消す」「繰り返しを仕組みに任せる」「成果を時間で測らない」という考え方は、会社員でも十分に持ち込めます。週4時間という数字より、その姿勢のほうが再現しやすいです。
Q. 本当に働きたくないだけなのですが、それでも読む価値はありますか?
A. あると思います。読んでみると、自分が嫌なのは仕事そのものではなく、付随する作業や時間の奪われ方だった、と気づくことが多いです。何を減らしたいのかがはっきりするだけでも、次の一歩が見えてきます。
Q. 仕事を自動化したら、暇になってしまいませんか?
A. そこがいちばんの落とし穴でした。時間を空ける前に、その時間で何をしたいかを決めておかないと、手持ち無沙汰になって、またスマホなどに時間を奪われます。行き先を先に用意しておくのがコツです。
Q. まず何から始めればいいですか?
A. 一週間の作業を書き出して、繰り返している作業を一つだけ、仕組みやAIに渡すところからで十分です。小さく始めて、月に一つずつ増やしていくと、無理なく続きます。
週4時間の先に、何を置くか
週4時間だけ働くという旗は、たぶん、ほとんどの人にとってそのままの形では実現しません。僕自身、そこに届いているわけではありません。それでも、この極端な問いを一度自分に向けてみる価値はありました。自分は何に時間を奪われているのか。空いた時間で、本当は何をしたいのか。
AIが仕事を担っていくこれからは、「どれだけ働くか」よりも「空いた時間をどう生きるか」が問われる時代になっていくのでしょう。時間を取り戻すことは、目的ではなく入り口です。入り口の先に置くものを、僕はこれからも探していきたいと思っています。あなたなら、空いた時間に何をしますか。


