広告がうざいのは気のせいじゃない。つくる側が知っている不快の仕組みと、見る量の減らし方
「広告がうざい」と感じるのは我慢が足りないからではありません。広告を出す側で働く人間として、不快…

広告がうざい、と言いたくなる気持ちは、僕にもよく分かります。レシピの材料を読んでいる途中で全画面の広告が割り込んできたとき、動画の続きが気になっているところにスキップできない十数秒が挟まったとき、はっきりイラっとします。ややこしいのは、僕自身が広告をつくって配信する側の領域で働いていることです。奪われる側でうんざりしながら、奪う側で数字を見ている。長いあいだ抱えていた居心地の悪さが、ある本を読んでやっと言葉になりました。うざいと感じる仕組みと、僕が広告に引いている線について書きます。
広告がうざいのは、感じ方の問題ではない
まず、自分の我慢が足りないせいだと思わなくていいと思っています。朝起きてスマホを開いてから寝るまでのあいだに、広告が入れる場所は年々増えました。通知、タイムライン、検索結果の上、動画の前と途中、アプリの起動直後、記事のスクロールに追いかけてくる帯。ひとつひとつは小さくても、置き場所が増えれば遭遇回数は増えます。「広告が多すぎる」という実感は、たぶん錯覚ではありません。
もうひとつ、あのイライラにはちゃんと名前がついています。人の注意(アテンション)そのものが売り買いされている状態を、アテンションエコノミーと呼びます。人が起きている時間は1日16時間ほどで、増やしようがありません。なのに、その時間を取り合うサービスは毎年増えていきます。決まった量を大勢で奪い合えば、取りに行く手つきは当然強くなります。開いた瞬間に動画が動き出したり、赤いバッジで未読の数を見せたり、続きが気になるところで切ったりするのは、どれもその16時間のうちの数分を配信する側へ寄こしてもらうための手です。意志が弱いから負けているのではなく、勝ちにくい勝負を毎日させられているというのが、僕の受け止め方です。
奪われる側の話は、スマホの使用時間を実際に減らしてみた記録としてデジタルデトックスをやってみた記録にまとめました。今日の記事は裏返しで、広告を出す側の仕組みを知っている人間から見た話になります。
無料の裏側にある、広告が増え続ける仕組み
レシピ、マンガ、ニュース、天気、動画、SNS。お金を払わずに使えるものの多くは、広告費で人件費とサーバー代をまかなっています。読者が払わないなら、広告主が払う。ざっくり言えばそういう分担になっています。
広告主が払う金額は、表示された回数やクリックされた回数で決まります。媒体側から見ると、表示を増やすほど収入が増える計算です。1ページに1枠より3枠、記事の途中にも差し込む、スクロールに追従させる、アプリを開いた瞬間にも出す。読み物と広告の比率が逆転して、記事のほうが広告のおまけみたいになっているページに出会うことがありますが、あれは誰かが意地悪をしているというより、計算式に素直に従った結果だと思います。
だから僕は、媒体側を一方的に責めきれません。無料で読めるものの裏側には、それを作っている人の生活費があります。広告を全部消したら成り立たなくなる場所は、実際にたくさんあります。
特に不快だと言われる広告の型
不快な広告として名前が挙がる型は、だいたい決まっています。僕が自分で嫌だと思うものとも、かなり重なります。
いちばん名前が挙がるのは、画面を占領する全画面広告とポップアップ広告です。読んでいる途中で視界を全部持っていかれるので、いま何をしていたかが一瞬飛びます。閉じるボタンが極端に小さかったり、数秒待たないと出てこなかったり、ちょうど指がいく位置に置かれていたりもします。音が勝手に鳴り出す動画広告は、電車の中だと本当に困ります。YouTubeのようにスキップできない秒数を挟まれるものは、時間を人質に取られている感覚になります。そして、一度買ったはずの商品に何日も追いかけられるのも、よく名前が挙がる型です。
並べてみて思うのは、嫌なのは広告の中身そのものというより、自分がやろうとしていたことを途中で止められることのほうだということです。レシピを読む、動画を見る、記事を最後まで読む。途中で割り込まれると、戻ってきたときに集中が元の場所に戻りません。うざいという言葉が指しているのは、たぶん中断のコストです。
広告を出す側の管理画面には「何回表示されたか」「何人が押したか」は数字で出ます。ところが「何人の作業を何秒止めたか」「何回目でうんざりされたか」は、どこにも出てきません。測れないものは、放っておくと存在しないことにされます。うざい広告が減りにくい理由の半分くらいは、ここにあると思っています。
同じ広告が何度も追いかけてくる理由
配信の管理画面には、同じ人に何回まで見せるかという上限を決める項目があります。フリークエンシーと呼ばれるもので、ここを緩めるほど露出は増え、名前を覚えてもらいやすくなります。代わりに、同じ人には何度も同じものが出ます。出す側は「もっと見てもらいたい」で緩め、受け取る側は「またこれか」になる。まっすぐ利害がぶつかる場所です。
買ったあとも追いかけてくるのは、サイトを見た履歴をもとに配信先を絞る仕組み(リターゲティング)が動いているからです。本来なら購入した人を配信対象から外す処理を入れるのですが、入っていないか、反映が間に合っていないと、買った直後の人にいちばん熱心に出続けます。
興味と全然違うものが出てくるのも、逆に「なんで知ってるの」というくらい当たってしまうのも、同じ仕組みの表と裏です。的中しすぎて気持ち悪いと感じたときは、その気持ち悪さのほうが正しい反応だと思います。行動の記録から推定されている、という事実が可視化された瞬間なので。
YouTubeとSNSで、広告のうざさは種類が違う
同じ「広告 うざい」でも、動画とSNSでは引っかかる場所が違います。分けて考えると、対処のしかたも変わってきます。
YouTubeで嫌われやすいのは、時間を止められることです。しかも止まる場所が、見たいものの直前だったり、話が盛り上がった途中だったりします。5秒で飛ばせるものはまだ許せて、飛ばせない十数秒が続くと、動画のほうを閉じたくなる。動画サービスに有料プランが用意されているのは、広告が「お金で消せる不便」として値段をつけられている、ということでもあります。
インスタなどのSNSで感じるのは、時間より気持ち悪さのほうかもしれません。広告が友達の投稿とほとんど同じ見た目で流れてくるので、広告だと気づく前に読み終わっています。加えて、検索したものや見ていたページの記録から配信先が絞られるので、精度が上がるほど「なんで知ってるの」に近づきます。SNSの広告には、投稿の右上あたりから「この広告を非表示にする」「興味がない」を選べるものが多いので、うんざりしたら押しておくと出方は変わります。地味ですが、放置するより早いです。
つくる側の不都合な事実
ここからは、書きにくい話を正直に書きます。不安を煽る言い方のほうが、数字が出てしまう場面があります。「まだ〇〇していないんですか」「放っておくとこうなります」といった見せ方は、落ち着いた説明より反応されやすい。人は得より損に強く動くので、当然といえば当然です。
うざい広告は企業にとって逆効果でブランドを傷つける、という指摘は、広告に関わる人のあいだでもよく言われます。僕もそう思います。消費者から見れば、しつこく追いかけてきた会社は「しつこい会社」として記憶に残るので、信頼のほうは静かに削れていきます。ただ、削れたぶんの損は数ヶ月から数年かけてじわじわ出るのに対して、煽って取ったクリックは今週の数字に出ます。短期の成果が先に見えて、長期の損が遅れて見えるので、止めるきっかけが作りにくくなります。うざい広告が減らない理由を、僕は仕組みの問題として理解しています。
とはいえ、届いてよかった広告も確かにあります。欲求というのは広告が一から作るものではなくて、日常のふとした瞬間に立ち上がるものです。僕の場合、夏に自分のすね毛を見て「虫みたいだな」と思った瞬間があって、そこから脱毛という選択肢が急に現実味を帯びました。困りごとが先にあって、そこに「こういう手があります」と届くぶんには、うざくない。順番が逆になったとき、つまり困っていない人に困っていると思わせにいったときに、広告は嫌われるのだと思います。
嫌悪感の正体は、広告ではなく成長のほうにあった
僕の本棚には、コピーライティング・マーケティング・営業の実務書が何十冊も並んでいます。『セールスコピー大全』『禁断のセールスコピーライティング』『売れるコピーライティング単語帖』『顧客起点マーケティング』『確率思考の戦略論』。売るための技術を、何年もかけて積み上げてきた棚です。
売る技術で埋まった棚に、この夏はじめて「売ること自体を疑う」本が入りました。ジェイソン・ヒッケルの『資本主義の次に来る世界』です。売る技術を積み上げてきた人間の棚に、売ることを疑う本が並んだのは、自分でも少し驚く出来事でした。
本の中に、大量消費を止めるための非常ブレーキが5つ挙げられていて、そのうちの2番目が「広告を減らす」でした。理由は、広告が需要をふくらませ続けるための装置だからです。経済が毎年成長し続けることを前提に組み立てられている以上、消費も増え続けなければならない。増やし続ける役目を負っているのが広告だ、という筋道になっています。
読んで、もやもやしていたものの形がやっと見えました。僕が嫌だったのは広告そのものではなく、増やし続けないと回らない前提のほうだったのだと思います。作り手の悪意ではなく、構造の話。だとすると、うざい広告を1本ずつ叩いても、たぶん減りません。本の内容と、読んだときに考えたことは『資本主義の次に来る世界』の書評のほうに詳しく書いたので、興味があればあわせて読んでみてください。
ひとつ断っておくと、本の主張に全部うなずいたわけではありません。広告がなければ知らずに終わっていた店も道具も、僕にはたくさんあります。良いか悪いかの2択ではなく、どのあたりに線を引くかの話だと思っています。
広告に引いている一本の線
いまの僕の立場を、ひとことで書きます。伝えるという意味では、広告はいいものです。ただ、過剰に不安を煽って、欲求を過剰に刺激するのはよくない。線はそこに引いています。
線の手前側にあるのは、知らなかった選択肢が届くこと、困っている人に解決する手段があると知らせること、値段や条件を正直に見せることです。手前側の仕事には、後ろめたさがありません。
線の向こう側にあるのは、まだ困っていない人に「あなたは困っている」と思わせること、締切や在庫で焦らせること、見た目や年齢や収入を持ち出して恥ずかしさを刺激することです。手前と向こうで、使う技術はほとんど同じです。だからこそ、どちらに使うかは自分で決めるしかありません。
いま作っている広告を見なかったとしても、この人は困らずに済んだだろうか。困らずに済んだのなら、それは相手のための情報ではなく、作り手の都合で作った不安かもしれません。自分の仕事を否定したいわけではなくて、線の手前側で成果を出すほうが結局は長く続く、と思っているだけです。
広告を全部消すのではなく、見る量を自分で選ぶ
ここまで読んで「じゃあ全部ブロックしよう」となるのは、僕としては少し違います。無料で読めるものの多くは広告で成り立っていますし、僕自身このサイトを運営していて、記事の中に置いた商品リンクから収入を得ています。全部消せと言いながら自分は受け取る、というのは筋が通りません。
だから僕がやっているのは、消すことではなく減らすことです。順番に書きます。
1. 画面を見る時間そのものを減らす。 いちばん根っこの部分です。僕はスマホを見る時間を1日1時間以内に抑えていて、通知は全部切っていて、寝室には持ち込みません。広告に会う回数は、画面を見ている時間にほぼ比例します。表示の1本ずつと戦うより、こちらのほうがずっと楽でした。やり方はスマホを触らないようにするコツに手順で書いてあるので、重たく感じない範囲でどうぞ。
2. おすすめ欄を主戦場にしない。 SNSのおすすめ欄や発見タブは、広告と知らない人の投稿がいちばん濃く混ざる場所です。僕はタイムラインを、見たい人だけを入れたリストに切り替えて、そこだけを見るようにしました。同じ時間をSNSに使っても、開く場所が変わるだけで流れてくる広告の量はだいぶ違います。
3. 端末の設定を触る。 iPhoneなら「設定」から「プライバシーとセキュリティ」の中のトラッキングで、アプリが追跡することを断れます。Androidは「設定」のプライバシーの中にある広告の項目から、広告IDを削除できます。Googleアカウントの広告設定では、推定された興味関心をオフにできます。画面の名前は2026年8月時点のもので、OSの更新で置き場所が変わることがあります。誤解のないように書いておくと、これで広告が消えるわけではありません。追いかけてくる精度が落ちるだけです。ただ、買った商品が何日も後ろをついてくる状態はかなり減ります。
4. お金で消せるものは、時間で判断する。 動画サービスの有料プランのように、月額を払えば広告が出なくなるものがあります。損か得かは、1ヶ月にその画面をどれくらい見ているかで変わります。毎日見るなら1本あたりの単価はかなり安くなりますし、月に数回なら払う理由はありません。金額ではなく、自分の使用時間で決めるのがいいと思います。
5. ブロッカーは、場所を選んで使う。 ブラウザの広告ブロッカーは強力ですが、入れると読んでいる媒体の収入がゼロになります。僕は、いつも読んでいる個人ブログや小さなメディアでは切っておいて、広告のほうが本文より多いような場所では使う、という分け方をしています。気持ちのいい割り切りではありませんが、いまのところこれが自分の落としどころです。
よくある質問
Q. 広告の誤タップは、わざとそう作られているのですか?
A. 全部がわざとだとは言えません。ただ、誤ってタップされてもクリックとして数えられる限り、閉じにくいほうが短期の数字は上がる、という力は働きます。閉じるボタンが小さすぎる作りや、指がいく位置に置かれた作りは、広告を出す側のあいだでも問題視されていて、プラットフォーム側が基準を作って弾く動きも出ています。ユーザー側でできる対策は、閉じるボタンを押す前に一拍置くことと、誤ってタップしたら中身を読まずに戻ることくらいです。
Q. マンガアプリやブログの広告がうざいのはどうしてですか?
A. 無料で読める仕組みの中では、広告が唯一の収入源になっていることが多いからです。1話読むごとに動画広告を見る形は、その1本ぶんの広告費で作家と運営が食べている、と考えると理屈は通ります。うんざりするほど多いと感じたら、その媒体だけ有料プランを検討するか、読む場所を変えるのが現実的でしょう。全部の媒体を同じ基準で判断しなくていいと思います。
Q. 不快な広告を取り締まる法律はあるのですか?
A. 中身の嘘や大げさな表示については景品表示法などがあり、広告であることを隠して宣伝するいわゆるステルスマーケティングも2023年から規制の対象になっています。一方で「うるさい」「邪魔」という体験そのものを直接取り締まる法律は、僕が調べた限りでは見当たりませんでした。代わりに業界団体の自主基準や、ブラウザ・配信事業者側のポリシーで一定の型を弾く運用が動いています。制度で全部は片づかない、という前提で自衛したほうが早いと思います。
Q. YouTubeの投資系の広告がとくにうざいのはなぜですか?
A. 不安と欲を同時に押すつくりになっているものが多いからだと思います。「知らないと損をします」と一度不安にさせてから、短期間で増える話につなげる型です。人は得より損に強く動くので、その順番だと反応が取りやすくなります。加えて投資や金融は1件あたりの単価が高いと言われる分野なので、多少嫌われても出し続けられるだけの予算が回りやすいという事情もあります。うんざりするものが多いのは、あなたの興味の問題というより、その分野に集まっている広告費の厚さの表れかもしれません。広告の出し方が荒いと感じたら、その会社には近づかないという判断材料にはできます。
まとめ
広告がうざいと感じるのは、感じ方が細かすぎるからでも、我慢が足りないからでもありません。置ける場所が増え、限られた注意を大勢で奪い合っていて、しかも煽ったほうが短期の数字が出てしまう。そういう仕組みの中に置かれているだけです。
僕は広告をつくって配信する側にいる人間なので、この記事を書くのは少し怖くもありました。それでも、伝えるという意味では広告はいいものだと思っていますし、過剰に不安を煽って欲求を刺激するのはよくないとも思っています。線を自分の中に持っておくことが、いまの僕の仕事のやり方です。
読む側としてできることは、たぶん全部消すことではなくて、見る量を自分で選ぶことのほうだと思います。画面を見る時間を減らし、おすすめ欄から離れ、追跡の設定を切り、応援したい媒体では広告を残しておく。並べてみると地味な話ばかりですが、それだけでも1日のうちに勝手に持っていかれる時間はだいぶ戻ってくるでしょう。全部やる必要はないので、いちばんうんざりしている入口をひとつだけ塞ぐところから始めてみてください。


